佐和山城は鎌倉時代の建久年間(1190年代)、近江国守護であった
佐々木定綱の六男・佐保時綱が築いた砦を起源とすると伝えられています。
その後、佐保氏や小川氏、磯野氏など近江の国人領主が城主を務め、
中山道と北陸道が交わる交通の要衝として重視されてきました。
元亀2年(1571年)に浅井氏が没落すると、織田信長の家臣・丹羽長秀が入城し、
その後は堀秀政、堀尾吉晴と城主が交代しました。
天正19年(1591年)、豊臣秀吉の重臣・石田三成が城主となると、
佐和山城は最も大きな変貌を遂げます。三成は五層の天守を築き、
鳥居本を大手とする惣構と城下町を整備し、城郭都市へと作り変えました。その威容は
「三成に過ぎたるものが二つあり、島の左近に佐和山の城」と謳われるほどでした。
慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで三成が敗れると、佐和山城は落城し、彦根城の
築城にともない資材の多くが転用されて、慶長11年(1606年)に廃城となりました。
お城の豆知識
- 「三成に過ぎたるものが二つあり、島の左近に佐和山の城」と謳われた名城
- 石田三成の時代には五層の天守と武家地・町屋・鍛冶職人地を備えた城郭都市だった
- 廃城後、石垣や建物の多くは彦根城の築城資材として転用された
- 発掘調査では幅22mに及ぶ内堀の跡が確認されている
- 標高233mの山頂・本丸跡からは彦根城や琵琶湖を一望できる
- 登城口は龍潭寺や清凉寺の境内を通る私有地で、本丸跡までは片道20〜30分の登山が必要
城データ
| 名称 | 佐和山城(さわやまじょう) Sawayama-Castle |
|---|---|
| 別名/愛称 | 特になし |
| 所在地 | 〒522-0007 滋賀県彦根市古沢町(佐和山山頂) (旧:東山道近江国) |
| 築城年 | 建久年間(1190年代、伝) |
| 廃城年 | 慶長11年(1606年) |
| 築城者 | 佐保時綱(伝) |
| 主な城主 | 佐保氏、丹羽長秀、堀秀政、堀尾吉晴、石田三成、井伊直政 |
| 城の形式 | 連郭式山城 |
| 指定文化財 | なし |
| 天守の現状 | 城跡(遺構のみ) |
マップ
観光情報
佐和山城跡へは、井伊家の菩提寺である龍潭寺の脇から登城道が続いており、
本丸跡までは片道20〜30分ほどの登山となります。
龍潭寺や清凉寺の私有地を通るため、迷惑にならないようにご注意ください。
| 開館時間 | 9:00~17:00(冬季は16:00まで) ※開門時間内に下山する必要があります |
|---|---|
| 入場料 | なし |
| 休館日 | なし |
| その他 | 火気厳禁・ゴミは持ち帰り。私有地のため、団体での登城は清凉寺・龍潭寺への事前の許可申請が必要です。 最新情報は彦根市公式ページをご覧ください。 佐和山城跡(彦根市公式) |
情報更新日:2026年8月31日
近隣の観光スポット
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